marimekko

Autumn&Winter 2007







  1990年に入ると、マリメッコは80年代からの体制を引き継ぎ、デザインにおいては不毛の時代を迎えることとなりました。

  1991年春、当時マリメッコを経営していたアメル・グループはフランス在住であったCEO(最高経営責任者)キルスティ・パーッカネン(Kirsti Paakkanen)をマリメッコのCEOに抜擢しようとしました。しかしその時点で、マリメッコの経営上の理由から、キルスティ・パーッカネンは一度、その要請を断りました。

  しかし同年9月、アメル・グループはキルスティ・パーッカネンの会社であるWirkidea Oy(ワーキデア)にマリメッコを売却する話を持ちかけると、キルスティ・パーッカネンはそれを受諾しました。それは経営的危機に面していたフィンランドのブランド、「マリメッコ」を立て直さなければいけないという彼女の愛国心からの決断でした。

  そこで、まずやらなければならなかったのは自分たちを守ろうとばかりしている会社内の官僚制を壊すこと、そして社員の会社再建に対する熱意を燃え上がらせることでした。また、社内に創造力を養える環境を提供すること、新しい経営方法を考え出すことも必要でした。その中でも鍵となったのはデザインと経済との繋がりに注目することであり、そのためマリメッコのデザイナーは特徴的なものだけではなく、市場を意識したデザインを生み出すことにも力を入れていきました。
その半年後マリメッコは、キルスティ・パーッカネンの努力と指導の結果、それまで以上に強力な体制となってマーケットに戻ってきました。

エルヤ・ヒルヴィ ミカ・ピーライネン

  1990年代に、マリメッコのデザインチームに加わったデザイナーに、 エルヤ・ヒルヴィ(Erja Hirvi)、ヤーナ・パルッキラ(Jaana Parkkila)、  ミカ・ピーライネン(Mika Piirainen)、 ユッカ・リンタラ(Jukka Rintala)、マルヤーナ・ヴィルタ(Marjaana Virta)がいます。


1991年  9月27日、キルスティ・パーッカネン(Kirsti Paakkanen)が経営するWorkidea company(ワーキデ)によって買収。

1999年  マリメッコはヘルシンキ証券取引場に再び銘柄登録。

キルスティ・パーッカネンの作品

Kirsti Paakkanen(キルスティ・パーッカネン)が1991年にCEOに就任して、マリメッコは新しい時代を迎えました。パーッカネンのカリスマ性と彼女のクリエイティブなデザイナーの仕事への理解が、1990年代マリメッコを生産性のある時代へと変えました。
Marja Suna(マルヤ・スナ)はパーッカネンの心強い励ましによって、洋服のパターンと1994年作の“MAAPPALLO(手袋)”などのニットのシリーズをデザインしました。“MAAPPALLO”のデザインは色だけでなく、編みに特徴があり、そのモチーフはスナが特に興味を示していた立体的な手法が使われています。

マルヤ・スナの作品

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